2018年9月20日木曜日

生前の渥美さんの言葉

覚えてる、もちろん
「周りにとって小さなことでもお前にとって重要ならそれは重要な問題だ」
これはオレが渥美さんに強迫神経症に苛まれていることを打ち明けた時に言われた言葉
こんくらい信用してる人にしか言うべきじゃないよな
勘づかれたからって大して信用してない奴には教えるべきじゃなかった
結果バカにされるのがオチだ
オレにとっては重要な問題なんだから

生まれた時から風船が怖かった、鉄棒が怖かった、踏切が怖かった、幼稚園のお迎えの音楽が怖かった、乗り物の音が怖かった
それに気づいた高校生まで無意識に怖がっていた
そら健常者から見れば「変な子」だろう
それでも社会で生きていくためには乗り越えて行かないといけない
今までも弊害はいくつもあった
なんとかやり過ごしてきた
家から出れなくてバイトに遅刻した、理由の説明できないから寝坊しましたで怒られた
通勤中に手足が痺れて出勤できない、仕事にならなくて怒られる
とかね
心の病は見た目じゃわからんことが多くある
自分もそうなら分かることもある、実際に気づくことも気づかれることもあった
いっそ公に障害者として生きていこうか迷った時期もあった
臨床心理士にも相談した
身内でもわからなかったことが他人になんでそこまでオレのこと分かるのか信じられなくてそん時はバカみたいに泣いた
大なり小なり障害を持って健常者として働いてる奴もいれば
障害者として働いてる奴もいる
今までもそういう子と何人も出会ってきたし一緒に働いた経験もある
接客業やってればお客さんにだっている
友人に障害者手帳を持ってる人もいる
で、オレは?
健常者としてやって生きたいって思ってる
ガチ健常者にはどうしたってわからない領域があるってことがわかってるうちはまだやれるだろオレはって思っている
それさえわからなくなったら諦めよう
オレは一見ただの変態フリーターだからな
そら大したことない病だって思われてバカにされるわな
普通の感覚じゃわかんねーよ
オレはオレを捻じ曲げねーポリシーがあるなら
意地でも健常者としてやっていくこと
もうダメだってなるまでは
出来るかわからんけど、やってみる

渥美さんが亡くなる前日
寝起きの渥美さんがお袋さんにこういったらしい
「今、夢の中でゆうたとしんごがこっちに来いって言ってたんだ」って
葬儀の後、お袋さんからその話を聞いた
なんで渥美さんが死ななきゃいけなかったんだろう
死んでいい人間なんかこの世にいないけど
なんでオレが恨んでる連中がのうのうと楽しくリア充に生きていて
オレにとって尊い存在が病気で亡くなってしまうのか
己が死ぬまでそう思ってしまうと思う
一生引きづるこれもオレにとって重要な問題
来月で4年
渥美さんは4つ上だからオレはあん時の渥美さんと同じ年に追いついた
なんなんだろうね、この虚無感は
何やってんだろう、この世に残されたオレは
渥美ファミリーのみんなは前を向いて生きてんのにな
オレはなにやってんだかな

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