2016年6月27日月曜日

目標がないと

目標がないとどんどんダメになりそうだから
生きる意味なんて五歳くらいか何万回も考えてみたけどわかんなくて
じゃあ死ねるかって考えた時、絶対に嫌で
身近な人間で最初に死んだのが友人だってことが受け入れられずに
毎日思い出すし信じられない奴も何人も出会ったし今だに許せないこともあるし
それでもたくさん背負い込んで死ぬまで生きるし
生きるなら楽しくなきゃいやだ
我慢してたら心が腐るんだよ!
家族のうたの1話と2話を見た
本当に俺は大好きなドラマでたまにスパイラルに入るけど必要な時間で
ドラマの99パーセントはクソだと思うけど
あそこまで胸を打たれたドラマはない
映画こそ映像作品って思うのは間違いではないけど
自分の許容範囲内で線引きをしてしまうのは勿体なさすぎると気付いたのは20代後半くらいから
どーしても譲れないこと以外はストライクゾーンを広げていった方が楽しめるんだろうきっと
固定観念の塊ほどくだらないものはない
こだわりと固定観念は違う
頑固とも違う
なんでもオッケーというスタンスとも違う
自然に生きたい
そう考えてたら自然じゃない
考えるな感じろ
それが全てだな
音楽も人間関係も恋愛も
考えて生きてたら俺は楽しめないのに考えすぎて馬鹿やってるな
俺は俺なんだよ
俺が俺じゃなくなったらただのミジンコだろ
とは家族のうたの一節
ロックに免じて許してよ
ロックかどーかは俺が決める
それが俺にとってのロック
ロックって響きが嫌いな奴とは大体合わない
ロックンロール嫌いな奴とは気が合わない
「なんでもロックンロールで済ますのはどうかと思う」って言われたことが今だに消えない
そうか?俺の物差しはロックンロールかそれ以外で決まってんだけど
それ否定されたら俺とは合わない
だから合わなかったんだろう
はいはい
痛いのは知ってる
痛いって思うならほっといてくれって
痛いって思う奴に構うのはさ、余計なお世話ってもんで
ロックンロールが好きな奴は大体痛いだろ
世間体からして
俺はそう思う
でもロックンロールってそういうものだら
わかってやってるやつとわかってないでやってるやつは半々くらいか
クソ偏見だけど
俺はわかってやってるつもり
本当は分かりたくなかったんだけど
さすがに生きてりゃまともな人間ともコミュニケーションとる場面はあるからわかってしまったのだ
知りたくなかった
それでも辞めたくない
死ぬまで楽しく生きたいぞー俺は
俺は俺は俺は
いつか死ぬとき「あー楽しかった」と思って死にたい
なんとなく生きてる人間と楽しんで生きてる人間
同じ人間だけど全く別の生き物だら
俺は楽しんで生きたい
俺は俺は俺は俺は俺はな

あー腹減ったー時計は1:11
食うか
腹が減った時が飯どき
眠くなった時間が夜
目が覚めた時間が朝
俺は俺の死を死にたい

次は大好きな3話だ

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